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中国の七夕伝説 [中国古典]

七夕は元々は中国のお祭りで
彦星と織姫が逢引する日なので、日本で言うところのバレンタイン・デーらしい。
ロマンチックぅ

なお前提知識として挙げると、織姫様は中国では西王母の末の娘で、蟠桃会(ばんとうえ)なる西王母様の誕生日(3/3)に行われる大規模な宴では、あの西遊記で孫悟空がめちゃくちゃにすることで有名な不老長寿の桃の実をもいでふるまう大役を担ってたそうな。

まあそれはさておき、中国の古い話でたしか彦星を尾行して天の川までついていった人の話があったような、と思ったので検索してみたら見当たらない。
ならば我が家の本棚のどこかにあるだろうと検討を付けて探してみたところ、目的の本を発掘
張華という、三国志の時代( 太和6年(232年) - 永康元年(300年))の人が書いた「博物志」の中に合った。

プリニウス著の「博物誌( Historia naturalis)」とは別物。
後々再び混乱しそうなのでメモ代わりに書いておく。


下記の本文は、中国の青空文庫のようなものからひっぱってきたものを転載してます。
翻訳は力づくな上に、「どういう意味なのか」よりも「原文に何と書いているか」を主軸に訳しているので、実際はもっと上手い表現があるだろうが大目に見てほしい。


 博物誌十巻 14  晉 張華

舊說云,天河與海通。
古く伝わる説によると、天の川は海に通じているとされる。

近世有人居海濱者,年年八月有浮槎去來不失期。
近世になってのことだが、海浜の近くに住むある男が、毎年八月になると決まって筏が浮かんでやって来ては去って行くことに気付いた。

人有奇志,立飛閣於槎上,多齎糧,乘槎而去。
その男は好奇心から、その筏に乗り込んで上に櫓を組み、たくさんの食料を積み込んで、筏の行く先にまかせ行ってみることにした。

十餘日中,猶觀星月日辰,自後芒芒忽忽,亦不覺晝夜。
十日余りが過ぎるうちは、空に月や星が見えていた。だがそれ以降からぼんやりとして、昼と夜との区別もつかなくなってしまった。

去十餘日,奄至一處,有城郭狀,屋舍甚嚴,遙望宮中多織婦。
更に十日余りが過ぎると、ふいにあるところに辿りついた。そこは城郭のようで、大変厳めしい建物がならんでおり、遥か遠くからでもその中には沢山の機を織る女性の姿が見えた。

見一丈夫牽牛渚次飲之,牽牛人乃驚問曰:「何由至此!」
そこに一人の男性が、牛に水を飲ませようと引いてやってきた。牛引きの男は、筏に乗った男に気付くと驚いて尋ねた「どうしてこんな所に!」

此人具說來意,并問此是何處。
そのため、どうして彼がここまでたどり着いたのか事情を説明し、ここは一体どこなのかと尋ねた。

答曰:「君還至蜀郡,訪嚴君平則知之。」竟不上岸,因還。
牛引きは「元の場所に帰ってから、蜀郡(四川省)の厳君平(占い師)を尋ねて聞いてみるとわかるでしょう」と答え、一歩も岸には上がらせてもらえず、そのまま元来た途を引き返すことになった。

如期後至蜀,問君平,曰:「某年月日有客星犯牽牛宿,計年月,正是此人到天河時也。」
丁度毎年この筏が現れた時期と同じ頃に元の場所に戻り、その後蜀へと行き厳君平に尋ねてみると彼はこう答えた
「○年○月、牽牛星のある星座に見知らぬ星が現れたことがあったが、日数を数えてみると、正にあなたが天の川に到った時と一致している」




七夕伝説なのにあまりロマンチックではなかった。どっちかっていうと冒険SF。
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